さざれごと

もしかしたら誰かが見るかも、という微かな緊張感をもって綴る日常の滓や澱

外に出なければ

 

ツイッターだか何だか忘れましたが、

「世の中で修士とか博士とか勉強している人に問題提起したら

ウェブやら文献やらを即座に探し始めて、いやいやそうやなくて

困っている人は生身で世の中に存在しているんちゃうの」

みたいな内容の文章を書いている人がいて「まさにまさに」と。

 

もう、何だか自分のことを言われているようで。とほほ。

 

そういうわけで、もっと外に出て現実を眺めなきゃな、と。

そんなんしていたらいつまでも論文書けないわけなんですが、

文献やらばっかりから書かれた論文はきっと

「んなもん、大きなお世話やで」と色んな人に言われそうで。

 

色んな人と話して、色んなものを見なければと反省致しました。

偽書評

最近「偽書評」というのを始めようと思っていまして。

 

東仲知彦(2016)『鯵の味とアジトの葦』風発社

日本独白学協会編(2015)『独白録』日本独白学協会出版局

 

今のところ、この2冊。いや、存在しない本なんですけど。

 

溜めていけば中身も書きたくなるかもしれません。

そうすれば儲けものかもしれません。

覚書 Windows10にiPhoneを繋いでも認識されないときの対処

0.ケーブルを使ってコンピューターにiPhoneを接続。

1.Windowsマークを右クリック → 「デバイスマネージャー」をクリック。

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2.「デバイスマネージャー」ウィンドウ内の項目「ポータブル デバイス」を展開。

…>ポータブル デバイス→V ポータブル デバイス と、左の三角をクリック。

→「Apple iPhone」が表示されるハズ。

 されなければケーブル等ハードウェアのチェックを。

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3.「Apple iPhone」上にカーソルを合わせて右クリック。  

→「ドライバ―ソフトウェアの更新(P)…」をクリック。

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4.更新方法の選択画面が表示される。下の、

「コンピューターを参照してドライバーソフトウェアを検索します(R)」を選択。

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5-1.「サブフォルダーも検索する(l)」にチェックマークを入れる。

5-2.「参照(R)…」をクリック。f:id:hirokix_np:20170623100318p:plain

 

6.C:\Program Files\Common Files\Apple\Mobile Device Support\Driversを選択。

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7.この画面に戻るので、「次へ」をクリック。 f:id:hirokix_np:20170623100656p:plain

 

8.ドライバーのインストールが開始されます。何か表示された場合指示に従う。

9.インストールが終わったのを確認したら、「デバイスマネージャー」画面に戻ってみる。

→「ユニバーサル シリアル バス コントローラー」の欄に「Apple Mobile Device USB Driver」が表示されていることを確認。

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10.パソコンからiPhoneを取り外し、PCを再起動。iTunesを起動し、iPhoneを接続。

その4 働く人々1)技能実習制度1 シリーズ果てしなく続くお勉強(1)どっちへ行くのだ日本の外国人施策

今いろいろ話題になっていますね、日本で外国の人が働く、ということ。

 

「解放しましょう(条件付きで)!」という声。

「そこは慎重に(抜け道があるじゃん)!」という声。

 

何というか、前回の最後のほうにも書きましたけど、

ずるいことは考えないでいきましょうよ、というのが

僕の基本的な意見なわけです。

 

例えば技能実習制度。たぶん、いいこともあるんだと思います。

実習生をとっても大切にしている社長さんも知っています。

 

でも、そうでない話が多すぎる。何ででしょうね。ズルしたいんでしょうね。

とにかく多くの人から「よろしくない」と言われているの皆さんご存知だし、

何なら外国の人もご存知。アメリカ国務省のレポートとか、ホント恥ずかしい。

上のリンクは2016年のですけど、2009年あたりからずっと

「実習とか言ってるけど人身売買じゃん」と指摘され続けています。

 

やっと、ちょっと法律が変わるんですよね。

「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」

ですって。長い。通称「技能実習法」。

あれこれまだ変わるでしょうから、厚生労働省のページにリンクしておきます。

これで本当に「適正な実施」が望めるんでしょうか。心配しかない。

わざわざ法律の名前にしなきゃいけないぐらい、

「適正」に「実施」されていないわけでしょうし、

実習生は保護されていないという現実を認めているわけでしょう。とほほ。

 

例えば「外国人技能実習機構ができるから大丈夫!」とか、

よほど純粋な方でないとそうは思わないのでは。

僕は純粋じゃないので、国際研修協力機構と何がどう変わるのか、

全然わかりません。

 

そもそもに戻り、厚生労働省のページより。

技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ

 国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は

 知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う

『人づくり』に協力することを目的としております。」

 

…立派だと思います。本当に参加者全ての意識がこの通りであるならば。

 

もし、本当にそうなら。まずひとつ。取り急ぎ参加者の募集について。

もし理念通りなら、参加者は帰ったら母国の何かを変えられるような

影響力のある人たち、情報の発信力と知識・技能の吸収力が高い人たち、

あるいはそういう人に「日本で」なる予定の人たちじゃないとダメですよね。

 

僕は仕事でよくベトナムに行きます。いい国ですベトナム。ご飯が美味しい。

そこで何人も元・技能実習生に会いました。

日本語、N3行ってる?ぐらいの方が多かった。残念ながら。

 

もちろん受け入れ側に参加者の母語が堪能なスタッフがいれば

上の厚労省の理念は達成されるでしょう。

本当にそんな状況が作れている受け入れ先がどれだけ存在するのか。

 

日本語だって習得してほしいでしょ。せめて言うことはわかる、程度に。

そうじゃないと伝えたい技能、技術または知識が伝わらないのでは?

 

…本当はここ、もっと辛辣に書きたいところです。

論文じゃなくてブログだから書いてもいいのかな?どうなのかな?

でも、やめときましょう。

そもそも真面目に嘘の大義名分を守ろうとすらしていないわけですから。

 

今度「介護」が技能実習で来日できる分野に追加されますよね。

これについても問題が山積されているはず、です。

 でもでも、長くなりすぎる。次回にします。とてもじゃないけど書き切れない。

 

あ、最後に簡単に、どこから施策などを眺めるかだけ宣言。

前回の留学生については1983年からとしておきましたが、

オトナや働く人々についてはズバリ、1990年あたりでいかがでしょう。

在留資格があれこれ変わり、その後定住者がどかんと増えましたね。

 

当然続きます。はい。

果てしなく続くお勉強(1)どっちへ行くのだ日本の外国人施策、その3 留学生云々

寄り道ばかりで前に進まない記事とお勉強とお仕事を抱えて

日々うろたえるアサヤマですこんにちは。

仕事がお勉強と(ある程度)リンクしているのがもっけの幸い。

 

<寄り道再び>

もっけの幸いの「もっけ」って何だ!と思ってしまいまして

精選版日本国語大辞典サマにご相談したところ、

もっけは「物怪」「勿怪」だそうで。びっくり。

Google日本語入力はちゃんと変換しますね、もっけ→物怪、勿怪。

京極夏彦コレクター(マニアやオタクではありません)の僕としては嬉しい。

 

<寄り道から本道へ>

さて、前回はスタートラインを決めなきゃね、というところで終わっていました。

 

僕はもともと留学生が日本に住むこと、みたいなのを

お勉強のテーマにしていましたから、となると真っ先に思い浮かぶのは

留学生30万人計画とか、その前の留学生10万人計画とかですね。

中曽根さんですか10万人計画。正式には『21世紀への留学生政策に関する提言』。

こないだテレビで見ましたがさすがにおじいちゃんになりました中曽根さん。

 

留学生については、例えば

世界の成長を取り込むための外国人留学生の受け入れ戦略報告書」H25(2013)

の冒頭でも「我が国における留学生政策は、「留学生受入れ10 万人計画」が

策定された昭和58年以来(p.1)」なんて触れられていますので、

このあたりをスタートにすることに(恣意的に)しちゃおうと思います。

 

で、そこから

S58(1983)『21世紀への留学生政策に関する提言』21世紀への留学生政策懇談会

H15(2003)『新たな留学生政策の展開について(答申)〜留学生交流の拡大と質の向上を目指して〜中央教育審議会

H17(2005)『留学生の受入れ推進施策に関する政策評価書総務省

H19(2007)〜『アジア人財資金構想経済産業省文部科学省

H20(2008)『「留学生30万人計画」骨子文部科学省・外務省・法務省厚生労働省経済産業省国土交通省  7/29

H25(2013)『日本再興戦略-Japan is BACK閣議決定 6/14

 (その後毎年『日本再興戦略』は出ていますね)

H25(2013)『世界の成長を取り込むための外国人留学生受入れ戦略』戦略的な留学生交流の推進に関する検討会

H27(2015)「『外国人材活躍推進プログラム』実施内閣府 

H28(2016)『外国人留学生の就職促進について(外国人留学生の就職に関する課題 等)文部科学省

…みたいな流れになっています。

徐々に徐々に、「留学生を受け入れよう」という流れから

「受け入れてからちゃんと仕事してくれるように社会を変えよう」という

健全な流れになっている気がします。よきかなよきかな。

 

…資料上は。政策上は。立派なオトナが見る報告書の上では。

 

現実はそうはなっていない。嘆かわしい。ずるい。

オトナは嘘ついたり口先でごまかしたりしちゃいけません。学校で習ったでしょ。

 

 

何で都合よく優秀な人達ばかりが来日すると思うんでしょうね。

その前に優秀な人たちが来たくなる国にしなきゃいけないんじゃないでしょうか?

それに、優秀じゃないフツーの人にだって来てもらえばいいじゃないですか。

世の中フツーの人のほうが多いですよきっと。

 

それから、外の人ばっかりじゃなくて中の人への発信も重要。

受け入れる側の日本の皆さんに現状とか方向性とか伝わってます?

こっそり受け入れようとするといろんな軋轢とか産んじゃうんだと思いますよぅ。

 

おそらく次回のテーマはお仕事関連になると思うのですが、

今年の査証「介護」の新設とか技能実習への「介護」の追加とか、

何かもう、ホントにずるい。ちょっと考えても、うまくいくはずがない。

 

あ、ついでに新しい資料について。

経産省の憂国の士たちが作った資料。今ちょっとした話題になっていますが

何で全く外国人云々について触れられていないんでしょうねぇ。

そこに触れないで新しい国のカタチとか。ムリがあるとは思いませんかねぇ?

 

おお、義憤にかられる日本語教師ことアサヤマです。

鼻息を荒くしつつ、今回はこのあたりで。

地域日本語教室ボランティア雑記170520

地域日本語教室でボランティア活動みたいなことをしておりまして。

 

最近、日本語を勉強してみたい人が増えているように思います。

ボランティアとして教えてみたい人も多くなりました。

結構なことですね。うんうん。

 

今日はなかなか愉快な人が来ました。

お父さんを連れてきたという中国の女性。新米ママ。ご主人が日本人。

お子さんを出産したばかりで、その子守りのためにご両親を呼び寄せたそうです。

 

でもお父さんもお母さんも日本語ができない。外に行く機会もない。

日本語を学びがてら日本社会との関わりが少しでもできればいいな、と。

 

こういった需要ってこれから増えるでしょうね。増えてほしいもんです。

継続的に外に出る機会を作るには、教室への参加はうってつけ。

 

 

日本語非母語話者に外に出る機会を無理なく、押し付けでなく与える。

そこに関わる地域日本語教室の役割は大きいような気がします。

地域に在留する日本語が不自由な人の状況を把握する一助にもなります。

行政、もっともっと支援してくれてもいいんだぜ。

 

教室にはほかにも中国の方がきていましたのでお互いを繋ぎます。

さっそくお互いに自己紹介して連絡先を交換して。そりゃ嬉しいでしょ。

安心して地域で暮らすためには知人の存在は大きいです。はい。

 

教室、お母さん率が結構高いんです。

赤ちゃんが座布団の上で寝転んでいたり。

2,3歳の子がお母さんの横でお絵かきに没頭していたり。

教える担当にあたっていないボランティアさんが、

その子たちをあやしたり一緒に折り紙で何か作ったり。

 

自分の言葉が自由に使えない社会で子育てをするの、

きっとかなりのストレスでしょうね。

そんな人たちが「言葉が不自由でもいい」(そりゃそうだ教室だもの)とか

「赤ちゃん連れて行ってもいい」(誰かが何とかするでしょ)とか思いつつ

外に出られる場所としても、こういった教室は存在意義があるでしょう。

 

経済連携協定がどうしたとか査証の新設とかも必要かもしれません。

高度人材ポイントみたいな取り組みも優秀な人を集めるには要るのかもしれません。

その前に、普通のひとりの人が日本に来てどう生きていくのかとか、

何に関わっていくのかとかを精一杯の想像力を使って考えて、

気持ちよく生活できるように支援策を練ることも必要でしょう。

 

いやはや、考えるべきことはまだまだありますねぇ。

果てしなく続くお勉強(1)どっちへ行くのだ日本の外国人施策、その2

さてさて。

前回は外国人施策だの日本語教育だのは

どっちにいくのだろうなという問題意識を

ぼや〜っと持っていますよ、という独白だったわけです。

 

どっちに行くのだろうなと考えるためにはおそらく、

どっちから来たのかをまず把握しておかなきゃダメでしょうね。

おお、珍しくマトモっぽい。

 

<寄り道>

未来を予知する占いは当たらないですよね。たぶん。

好きではあるんです。でもまあ、当たらないんじゃないかな、と。

 

当たるとすれば膨大なケースの蓄積による統計、ですかね。

占星術とか血液型とか、もしかするとカード使うものとかも

「こういう卦が出たらこうなることが多かった」とか

「こういう人相の人はこれまでだいたいこういう人だった」とか、

これまであったパターンに当てはめるのが精一杯なのではないかな。

 

<寄り道から本道へ>

そんなわけで、これからどういう方向に日本が行くのかも

「これまでこんな施策が出て、その結果こうなった。

 今はこういう取り組みがあるから、おそらくこうなるのでは」

っていうのは、一つの考え方になるのかなと思っています。

 

<そこで新たな疑問>

その場合、「これまで」の始まりを設定しなければなりません。

日本と外国との関わりについて、僕がどこから眺めようとするのかの

スタートラインを決めなければなりませんね。

 

まさか遣隋使とかから見ていくわけにもいきません。興味はありますが。

それでは、あと数年の猶予しかない休学・在学期間中に

何かをモノすることができなくなります。おお切なや挫折の予感。

 

そんなわけで、次回には何とかハンディな始点を定めてみたいと思います。